親鸞会法論惨敗の記録2〜飛雲より

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zoom RSS 高森会長が60数年間学んできたことは何か?

<<   作成日時 : 2013/05/13 19:56   >>

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化土往生は誰もできない机上の空論と親鸞会は言い続けるより仕方がないでしょうが、、O講師(高森会長)が20願化土往生の条件として出した『阿弥陀経』の御言葉について、昨日、親鸞聖人が解釈された『教行信証』化土巻

『観経』に准知するに、この『経』(小経)にまた顕彰隠密の義あるべし。
顕といふは、経家は一切諸行の少善を嫌貶して、善本・徳本の真門を開示し、自利の一心を励まして難思の往生を勧む。ここをもつて『経』(同)には「多善根・多功徳・多福徳因縁」と説き、釈(法事讃・下)には「九品ともに回して不退を得よ」といへり。あるいは「無過念仏往西方三念五念仏来迎」(同・意)といへり。
これはこれこの『経』(小経)の顕の義を示すなり。これすなはち真門のなかの方便なり。彰といふは、真実難信の法を彰す。これすなはち不可思議の願海を光闡して、無碍の大信心海に帰せしめんと欲す。まことに勧めすでに恒沙の勧めなれば、信もまた恒沙の信なり。ゆゑに甚難といへるなり。
釈(法事讃・下)に、「ただちに弥陀の弘誓重なれるをもつて、凡夫念ずればすなはち生ぜしむることを致す」といへり。これはこれ隠彰の義を開くなり。『経』(小経)に「執持」とのたまへり。また「一心」とのたまへり。「執」の言は心堅牢にして移転せざることを彰すなり。「持」の言は不散不失に名づくるなり。「一」の言は無二に名づくるの言なり。「心」の言は真実に名づくるなり。この『経』(小経)は大乗修多羅のなかの無問自説経なり。しかれば如来、世に興出したまふゆゑは、恒沙の諸仏の証護の正意、ただこれにあるなり。ここをもつて四依弘経の大士、三朝浄土の宗師、真宗念仏を開きて、濁世の邪偽を導く。

を紹介しました。無知な善知識の勉強のために、敢て解説をしませんでした。
これについて今のところ何も反論してきませんので、少しは勉強したのかも知れませんが、理解できていないと思いますので、少しだけ説明したいと思います。



基礎知識として『阿弥陀経』の隠顕は



  • 顕説(方便)20願意−自力念仏往生(化土往生)


  • 隠彰(真実)18願意−他力念仏往生(報土往生)


となります。
これを踏まえて、上記の御言葉を見ると、化土往生にあたる顕説の解説が

経家は一切諸行の少善を嫌貶して、善本・徳本の真門を開示し、自利の一心を励まして難思の往生を勧む。ここをもつて『経』には「多善根・多功徳・多福徳因縁」と説き、釈には「九品ともに回して不退を得よ」といへり。あるいは「無過念仏往西方三念五念仏来迎」といへり。

です。この中の「無過念仏往西方三念五念仏来迎」ですが、

念仏して西方に往くに過ぎたるはなし。三念・五念まで仏来迎したまう

と読みます。これは『法事讃』

種々の法門みな解脱すれども、念仏して西方に往くに過ぎたるはなし。上一形を尽し十念に至り、三念・五念まで仏来迎したまふ。

で、一部を省略されたものです。「上一形を尽し十念に至り」が従多向少、「三念・五念まで仏来迎したまふ」が従少向多の念仏です。それぞれが他力念仏と自力念仏を顕されたものと見られて、「上一形を尽し十念に至り」は省略されています。
ここを親鸞聖人は『一念多念証文』で、

「上尽一形」といふは、「上」はかみといふ、すすむといふ、のぼるといふ、いのちをはらんまでといふ。「尽」はつくるまでといふ、「形」はかたちといふ、あらはすといふ、念仏せんこといのちをはらんまでとなり。



「十念・三念・五念のものもむかへたまふ」といふは、念仏の遍数によらざることをあらはすなり。

と仰っています。親鸞聖人が顕説のところで敢て引かれている「三念・五念まで仏来迎したまう」の意味は、

念仏の遍数によらざることをあらはす

です。もうお判りでしょう。



ですから、『末灯鈔』12

念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。

は、普通に読めばいいのです。わざわざ、化土往生に難しい条件を付加して、親鸞聖人を嘘つきにする必要はないのです。
『高僧和讃』源信讃

報の浄土の往生は
 おほからずとぞあらはせる
 化土にうまるる衆生をば
 すくなからずとをしへたり

も、何も矛盾はありません。



以前にもいいましたが、論点をずらしても論破され、また論点をずらしても論破され、の繰り返しです。なぜなら、真宗教義の基本中の基本が高森会長には理解できていないからです。



かつての弟子たちに、ここまで遊ばれている布教歴60数年の高森会長は、何なのでしょうか。60数年間、宗教ビジネスしか学んでこなかったようです。


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